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自分がいままで新聞という媒体を遠ざけていた一つの理由として、言語のおたくの端くれとして、読売新聞による日本語への独善的な向き合い方の印象に引っ張られて、自然言語のダイナミズムや豊かさという点では、新聞社はそれを倒錯した仕方で殺そうとする自然言語の敵というイメージが従来あった(今でも読売新聞に対してはそのイメージは変わらない)のだけど、埼玉新聞がこうやって消えゆく埼玉の方言を文化や地理・歴史と結びつけて成果物にしているのを見ると、新聞社が言語に対してできることって大きいんだなって。言語の敵か味方かはそれぞれとして、言語との切っても切れない縁があってそれぞれ言語を日々運用しているんだなって。

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